大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)141号 決定

抗告人

日本楽器製造株式会社

右代表者

川上浩

右代理人

青木一男

関根修一

相手方

破産者株式会社日本蓄針

破産管財人

奥野善彦

右当事者間の動産仮処分申請却下決定に対する抗告事件について、当裁判所は、抗告人に金五〇〇万円の保証金を供託させた上、次のとおり決定する。

主文

原決定を取り消す。

相手方の別紙物件目録(1)(2)記載の各物件に対する占有を解いて東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

執行官は前項の各物件につきその保管にかかることを公示するほか、その保管について適当な方法を採らなければならない。

理由

抗告人は、主文と同旨の決定を求め、その理由は別紙抗告状記載のとおりであるが、その要旨は、抗告人は別紙物件目録(1)(2)記載の各物件(以下、「本件物件」という。)について動産売買の先取特権を有しており、相手方に対し、先取特権実行のための差押えの承諾を求める権利を有しているにもかかわらず、原決定が先取特権者には右のような承諾請求権(被保全権利)はないとして本件仮処分申請を却下したのは不当であるというのである。

一そこで、先ず抗告人主張の被保全権利の存否について判断する。

動産売買の先取特権は、動産の売買により法律上当然に発生する法定の担保物権であり、その目的物から優先弁済を受けることをその内容とするものであるが、その実行としての競売を開始するためには、債権者が執行官に対し動産を提出するが、又は動産の占有者が差押えを承諾することを証する文書を提出することが要件とされている(民事執行法一九〇条)。

ところで、動産売買の先取特権は、債務者が目的物を第三取得者に引き渡した後はその目的物に先取特権の効力が及ばなくなるから(民法三三三条)、そのような場合には、先取特権者としてはもはや目的物の競売により優先弁済権を実現することができなくなることはいうまでもないが、債務者が目的物を所有、占有してしる場合には、債務者としては、目的物に対する先取特権の存在を否定する余地はなく、先取特権者の優先弁済権の実現を阻むべき何らの正当な理由を有していないのであるから、このような場合に、債務者の差押えの承諾がないことを理由として動産売買の先取特権の実行ができないとする必要は毛頭認められない。もし、そのような場合に先取特権の実行ができないとすると、先取特権の権利を行使することができるか否かは債務者の意思によつて左右されることとなり、先取特権者の地位が極めて不安定になるのみならず、動産売買の先取特権者の法的地位が不当に軽んじられ、法が動産売買の先取特権を認めた趣旨は全く実現されないことになるのであつて、このようなことは到底容認することができない。

したがつて、右のような場合には、動産売買の先取特権者としては、債務者に対し目的物の差押えの承諾を求め、右承諾を命ずる判決があつた場合には、これをもつて民事執行法一九〇条にいう「差押えを承諾することを証する文書」として、競売の申立てをすることができるというべきである。

以上により、動産売買の先取特権者は目的物を所有、占有している債務者に対し、目的物の差押えの承諾を求める権利を有しているものと解すべきであり、このことを否定し、抗告人には被保全権利がないとして本件仮処分申請を却下した原決定は失当というべきである。

二そこで、本件仮処分申請の理由の有無について改めて検討することとする。

本件疎明資料によれば、抗告人が別表に記載のとおり昭和五九年一一月九日から昭和六〇年二月一四日までの間に株式会社日本蓄針に対し同表記載の商品(本件物件と同一である。)を代金は毎月末日締切り翌月二〇日払いの約で売り渡し、そのころこれを同会社に引き渡したこと、昭和五九年一一月及び同年一二月売渡し分の代金については弁済期日の経過後も弁済がなされないまま、同会社は同月一五日に破産宣告を受け、相手方がその破産管財人に選任されたこと及び相手方は抗告人が本件物件につき動産売買の先取特権を有することを否定し、本件物件の任意売却を進めており、破産者からもその早急処分方を求められていることを一応認めることができる。

右事実によれば、抗告人は、本件物件につき動産売買の先取特権を取得したものであり、相手方に対し、本件物件の差押えの承諾を求める権利(被保全権利)を有するものということができる。

そして、前述のように、抗告人の本件物件売却代金の大部分について弁済期日に弁済を受けないまま破産手続が開始され、抗告人としてもはや通常の弁済を受け得ないことが明かとなつており、破産管財人たる相手方において破産者から本件物件の処分を迫られていて、これを処分するおそれが大きい場合、抗告人としては、法律上動産売買の先取特権を付与されながら相手方の処分行為によつてみすみす右先取特権が消滅させられるのを手を束ねて黙視せざるを得ないとすることは、余りにも酷であるのみならず、ひいては先取特権制度の存在意義をも失わせるものといわざるを得ない。それゆえ、抗告人は、右承諾を求める本案訴訟の係属中に相手方の本件物件処分行為により、抗告人が本案訴訟において勝訴判決を得ることが不可能となり、本件物件に対する先取特権(破産手続においては別除権)を行使し得なくなる事態を防止するため、相手方に対して本件物件につき少なくとも執行官保管の仮処分を求める必要があるものというべきである。

以上により、本件仮処分申請は理由があるから、これを却下した原決定は失当であり、本件抗告は理由がある。

よつて、原決定を取り消し、主文のとおり決定する。

(森綱郎 高橋正 清水信之)

物件目録〈省略〉

動産仮処分申請却下決定に対する抗告状

〔抗告の趣旨〕

原決定を取り消す

別紙記載の内容の仮処分決定

を求める。

〔抗告の理由〕

一 裁判所は、抗告人の仮処分申請を理由なしとして却下したが、以下の通り、抗告人の申請は法律上の理由からも、また、証拠の点からも、理由があるから原決定を取り消して別紙記載のような仮処分命令を求める。

二(一) 抗告人は、動産売買の先取特権による差押承諾請求権など、動産売買の先取特権の実行を債務者に請求しその受忍を求める権利があるとして、それらををママ被保全権利として仮処分を求めたが、原決定は動産売買の先取特権について、その「担保権を実行し、優先権を行使しうるのは、買主(債務者)の支配下に目的物が特定可能な状態で存在し、しかも、買主の協力を得て、目的物を執行官に提出するか買主の差押承諾文書を入手することができる場合に限られると解するのが相当である。」と判示している。

しかし、これは以下の通り法律の解釈を誤つている。

すなわち、この考えからいうと動産売買の先取特権は担保物権でありながら、その実行が債務者の任意の履行にかかつていることとなる。しかし、民法第一三四条において『(停止)条件が単に債務者の意思のみに係るときは(法律行為は)無効とす』と規定されているように、権利の実行が債務者の任意の履行にかかるような場合には(それを自然債務などと名付けるかいなかはともかくとして)厳密な意味でそれを法律上とママ権利としてみることは出来ないのである。そして、法律上の権利として明確に規定されており、しかも、物権として法律に特別の限定がないかぎり何等関係のない第三者にまで主張できるものとされている権利がこのような権利であろうはずがない。

しかも、原決定の解釈は実質的にも、動産売買の先取特権を完全に否定するものである。けだし、動産売買の先取特権においてその実行につき買主の協力を得られるなどということはその実態からして全く考えられない。すなわち、動産売買の先取特権が問題になるのは殆ど例外なく買主の財産状態がいちじるしく悪下ママしており、破産等の倒産手続きが開始しているか、そうでなくても、他の債権者の手前、債務者(買主)において一部の債権者たる売主に協力することが困難になつているのである。そのような場合に債務者の協力を期待しうるわけがないのである。

このような見地から、原決定は民法によつて保障された権利を解釈によつて奪つているものと言わざるをえないのである。

(二) 原決定が前記のような判断をした根拠として原決定は「目的物が第三者に譲渡されてしまうと目的物には先取特権の効力が及ばなくなる(民法三三三条)とされている点に鑑みると、先取特権者には買主(債務者)による目的物の処分を制限しうる権利は存せず……」と判示している。

しかし、この判示は対外的な追求ママ力の問題と対内的な処分制限権利の問題とを混同しており、前記判断の根拠とはなりえないものであり、誤りである。

けだし、民法三三三条が目的物が第三者に譲渡されてしまうと目的物には先取特権の効力が及ばなくなると規定しているのはあくまで取引の安全、第三者の保護を考えたものであり、それゆえ、目的物が第三者に譲渡された場合でも後に債務者が再びその目的物の所有権および占有権を得たときはこれに対して先取特権を行使しうるとされているのである(注釈民法(8)二一〇頁)。つまり、民法三三三条はあくまで対外的、対第三者関係を規律した規定であり、これと、対内的、対債務者に対する関係とは全く別のものである。

これは、例えば未登記抵当権においては第三者に当該不動産が譲渡されてしまえば追求ママ力はなくなるが、しかし、だからといつて未登記の間に抵当物件を債務者(抵当権設定者)が当該物件を自由に譲渡してよいということにはならないのであつて、かえつて、この場合には第三者に当該不動産が譲渡されてしまえば追求ママ力はなくなるがゆえにこそ抵当物件を債務者(抵当権設定者)が自由に譲渡してはいけないといわれるのである。

よつて、民法三三三条と債権者の債務者に対する承諾請求権等の存在とはなんら矛盾するものではなく、前述したような動産売買の先取特権を実質的に認めない原決定の解釈根拠とはなりえないのである。

(三) 更に、原決定は「手続き法として民事執行法上動産の競売に際して目的物の占有を強制的に取得しうるとの前提がとられていないこと」を前記判示の根拠としている。

しかし、民事執行法においても債務者の差押を承諾する書面が提出されれば動産の競売ができるのであり、これを債権者が債務者に請求しうるのであれば目的物の占有を強制的に取得しうるとの前提がとられていないことにはならないのであり、この点も理由にならない。

また、原決定は法文が債務者の差押を承諾する書面と規定していることから、債務者が任意に差押を承諾しなければならず、占有を強制的に取得しえないと考えているとも考えられるが、債務者に承諾義務がある場合には債務者が任意に差押を承諾しなくても判決により差押を承諾する書面を提出することはできるのであり、よつて、これも動産売買の先取特権の実行を債務者の意思にかからせ、動産売買の先取特権の実行を実質的に認めない原決定の解釈根拠とはなりえないのである。

そして、動産売買の先取特権について債務者に承諾義務(あるいは引渡請求権)があるということは、以下のとおり、民事執行法が動産の競売について目的者ママを執行官に提出する以外の方法として債務者の差押を承諾する書面が提出する方法以外認めなかつたことから当然でてくる結論なのである。すなわち、民事執行法はその性質上実体法上の権利を実行に移す法律である。よつて、実体法上の権利がありながら、それを実行する手続が一般的にないためにその権利が一般的に行使できないようにしてその権利性を奪うなどということは民事執行法は法の性質上予定していないのである。また、今回、民事執行法が差押を承諾する文書の提出を動産競売に要求した理由はあくまで執行官が動産についての担保物件の存否を判断することができないことによるのであり、裁判という形で裁判官という法律の専門家が担保物件の存在を確認した場合にその実行を認めることは民事執行法の趣旨に何等反するものではないのである。

そして、動産売買の先取特権について債務者に承諾義務(あるいは引渡請求権)を認め、判決で承諾書を得た上での動産競売を認めなければ、動産売買の先取特権を実質的に否定したことになるのであるが、今回の民事執行法改正過程においては同法の改正により動産売買の先取特権という実体法上の権利を実質的に廃止するようなことをおこなうとの意思が立法者にあつたとの話はどこにもないのである。それゆえ、債務者の任意の履行が期待できない場合にそなえて動産売買の先取特権について債務者に承諾義務(あるいは引渡請求権)があるということは、民事執行法が動産の競売について目的者ママを執行官に提出する以外の方法として債務者の差押を承諾する書面が提出する方法以外認めなかつたこと、しかし、民事執行法は動産売買の先取特権を廃止したわけではないということから当然でてくる結論なのである。

よつて、手続法として、民事執行法上動産の競売に際して目的物の占有を強制的に取得しうるとの前提がとられていないというのは実質的には誤り、ないし、少なくとも前記判示の根拠とはなりえない。

(四) そして、原決定は「動産売買の先取特権者には買主に対する目的物引渡請求権はもとより差押承諾請求権も目的物保持請求権もまたないと言わなければならず」と判示している。

そして、この点が誤りであることの実質的理由については、既にある程度のべたが、これが誤りであることは、物権の性質、また、物権的請求権についての解釈という点からみても明らかである。

即ち、実体法上、物権とされているものについてはその実現に必要とされる範囲で一般に物権的請求権が認められている。つまり、この物権的請求権は物権の性質から当然派生してくる権利であつて、動産売買の先取特権も物権と規定されている以上何等かの物権的請求権が派生してくると解するのが理論的である。しかも、この物権的請求権については民法にこれを認めるという明文の規定はないにも関わらず、これを認めなければ物権を認めたことにならないとして判例、学説上、当然のこととして認められている(そして、かえつてこれを否定する場合にこそ明文規定がいるのである。)。つまり、現行法の解釈としては物権の実現について必要な場合には明文の規定がなくとも(これを否定する明文がない限り)物権的請求権が認められるとの解釈が正しいのである。しかるに、動産売買の先取特権については、民法の規定の位置、あるいは、破産法上別除権として取り扱われていること、また、会社更生法上は更正ママ担保権として執行行為なくして優先権が認められていることからみて物権であることは明らかである。そして、民事執行法の規定の仕方から、その実現については売主(債権者)は買主(債務者)に対して差押の承諾を求める権利を認める必要があり、かつ、これを否定する明文の規定がない。よつて、物権的請求権としての差押の承諾を求める権利が認められると解するのが理論上も解釈論上も正当である。

よつて、「動産売買の先取特権者には買主に対する目的物引渡請求権はもとより差押承諾請求権も目的物保持請求権もまたないと言わなければならず」との原決定の判示は誤りであり、動産売買先取特権に基づく物権的請求権として差押承諾請求権などが認められると解するべきである。

(五) このように、原決定は根拠なく動産売買の先取特権の実行を拒否するもので不当であるが、これは、破産法上別除権として取り扱われており、また、会社更生法上は更正ママ担保権として執行行為なくして優先権が認められている現行法上の動産売買の先取特権の取扱と均衡を失すると、同時に、昭和五九年二月二日になされた最高裁判所の判例(判例時報第一一一三号六五頁)の趣旨にも反するものである。なぜなら、同動産売買先取特権から派生する物上代位についてすら破産手続時における実行を認めており、その前提として当然、動産売買の先取特権のそのものの実行が破産手続きにおいても認められることを予定しているのである。よつて、原決定は最高裁判所の判例の趣旨にも反するものである。

三 以上、原決定の不当性は明らかで、抗告人の仮処分申請に理由のあることは明らかであるから原決定の取消、及び、別紙記載の内容の仮処分決定を求める。

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